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札幌高等裁判所 昭和30年(う)560号 判決

控訴人 被告人 金鳩俊こと李錫鳳

弁護人 庭山四郎

検察官 泉川賢治

検察官 奥田繁

主文

原判決を破棄する。

被告人を判示外国為替及び外国貿易管理法違反の罪につき懲役一年および罰金五〇、〇〇〇円に、判示たばこ専売法違反の罪につき罰金五、〇〇〇円に処する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

右各罰金を完納することができないときは金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるラツキーストライク六箇(原審証第六号)、キヤメル一〇箇(同第七号)、チエスターフイルド二箇(同第八号)フイリツプ、モーリス一箇(同第九号)はこれを没収する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の本件控訴の趣意は、検事正代理次席検事泉川賢治作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人および被告人の本件各控訴の趣意ならびに検察官の控訴に対する答弁は、弁護人庭山四郎提出の控訴趣意並検事控訴答弁書記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

右弁護人の控訴趣意第一点(罪とならない事実を有罪と認定した違法すなわち事実誤認)について

しかし、所論にいう昭和二八年一〇月一七日付起訴状記載の公訴事実第一については、原審第一七回公判期日において、軍票の所持ではなくその不寄託を犯罪事実とすることに訴因の変更が適法になされ、原判決も亦これを処罰の対象としていることは本件記録ならびに原判文に徴して明らかであるから、右訴因変更前の公訴事実の不備を前提としての所論は、採用するに由なく、論旨は理由がない。

同第二点(証拠のない事実について犯罪を認定した違法すなわち事実誤認)について

しかし、原判決挙示の証拠を総合し検討すると原判示第一の事実すなわち被告人は(一)昭和二八年八月中旬頃軍票二五四弗を、(二)同年同月下旬頃同一九六弗を、(三)同年九月上旬頃同二三五弗を他より入手して所持していたが、いずれもその頃吉田テルに外国製カメラの購入方を依頼して同人にその購入資金として交付し、もつて右各軍票を遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたものであるとの事実を優に認定することができ、被告人の供述中右認定と牴触する部分は前掲証拠に対比して措信し得ず、その他記録を精査するも右認定をくつがえすに足る証拠がないから、原判決には右認定の事実に誤認はない。けだし、本件のように他から入手して所持するに至つた軍票をその寄託義務に違背して他に交付し、寄託不能の状態に陥れたような場合においては、必ずしも右軍票を入手して所持するに至つた時期を明確にしなくとも、自ら右寄託義務の履行を期待することを得ず遅滞あることを明らかに認められるから、本件記録に徴し右時期を明確にする証拠のないことは所論のとおりではあるがこれを以て原判決に事実誤認ありとの所論も採用し得ない。されば、原判決が原判示第一の事実を摘示してこれを外国為替及び外国貿易管理法第二一条の委任による日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令(昭和二七年政令第一二七号)第四条第二項にいう軍票不寄託に該当するものとしたのは相当であつて、原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意(事実誤認、法令の適用の誤)について

昭和二八年一二月二日付起訴状記載の公訴事実は「被告人は昭和二八年一〇月四日その頃他より入手した軍票四二弗を肩書住居に隠匿所持し以て遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたものである。」というにあるが、原判決は右公訴事実中被告人がその日時場所において本件軍票を隠匿所持していたのを発見されて押収されたことは明らかであつても、前掲政令第四条第二項に「前項の者は、その収受した、又は所持する軍票を大蔵省令の定める手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなければならない。」と規定されているから、社会通念上軍票入手の時期と右寄託手続との間に相当の期間経過のあることを必要とするにかかわらず、本件にあつてはこの点の立証不十分であるとして右公訴事実につき無罪を言渡していることは、原判文に徴し所論のとおりである。

そこで、案ずるに、原判決挙示の司法警察員作成の捜索差押調書および被告人の検察官に対する昭和二八年一〇月一六日付供述調書ならびに被告人の原審公判廷での供述を総合すると、本件公訴事実中被告人がその日時場所において本件軍票を同所居宅三畳間の物ほしに使用している針金にかけてあつた婦人用半靴下一足の片方(原審証第五号のうち)の中に隠匿して所持していたのを同日午前一〇時三〇分ないし午前一一時の間に行われた捜索の結果同所においてこれを発見されて差押えられたことは優に認め得るが、本件軍票がいつ被告人に入手されたかについては前掲被告人の供述を除いては他に証拠なく、これによれば、本件軍票は少くとも右捜索差押の十数分前に被告人が他より入手したものと一応認めざるを得ないこととなり、所論引用の各証拠を以てしても、所論のように本件軍票入手の時期とその寄託手続との間に相当の期間が経過しているものとはにわかに推断するを得ないから、原判決にはこの点についての事実誤認ありとは認め難い。しかし、前記政令第四条第二項に「前項の者は、その収受した、又は所持する軍票を大蔵省令で定める手続により、遅滞なく日本銀行に寄託しなければならない。」と規定したのは、国民経済の復興と発展に寄与することを目的として合衆国軍隊等以外の者の保有する軍票の集中をはかるため、理由の如何をとわずその寄託を命じ、合衆国軍隊等以外の者をして絶対に軍票を所持させないこととした趣旨にもとずくものであることに鑑みると、合衆国軍隊等以外の者にしてその収受した、または受領した軍票を当初より所定の手続に従つて寄託する意思なく保有してその所持を継続する場合には、軍票入手の時期如何にかかわらず、寄託手続は到底望まれないこと明らかであるから、その状態において前記政令第四条第二項にいう寄託義務履行の遅滞にあるものと解するのを相当とする。ところで、本件についてみるに、前記認定の事実に吉田テルエの検察官に対する第一回供述調書に押収してある靴下一足(原審証第五号)の存在を総合し検討すると、被告人は、その入手した本件軍票を他の用途に費消する目的でこれを隠匿し当初から所定の手続に従つてこれを寄託する意思のなかつたことが客観的に容易に認め得られる。被告人の供述中右認定と牴触する部分は単に法の不知を主張するに止まるものであつてたゞちに首肯するを得ず、その他記録を精査するも右認定をくつがえすに足る証拠がない。したがつて、前記政令においては直接に所持を禁止していないからといつても、かかる状態のもとに所持を継続することは、前説示に照し、被告人には前記政令にいう寄託義務履行の遅滞にあるものというべく、これと異なる見解に出た原判決には畢竟法令の解釈適用を誤つた違法があり、その誤は判決に影響をおよぼすことが明らかである。弁護人の答弁中この点の所論はにわかに是認し難い。そして本件公訴事実と原判決認定の事実とは併合罪の関係にあるから、原判決は全部破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

よつて、弁護人の控訴趣意第三点(量刑不当)に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い本件につき更に判決することとする。

当審で罪となるべき事実として認めるところは、

被告人は、法定の除外事由がないにもかかわらず、昭和二八年一〇月四日肩書住居に於て他より入手した軍票四二弗をそのまま他の用途に費消する目的を以て隠匿所持し、右軍票につき所定の手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたものである。

(右証拠の標目)

一、被告人の検察官に対する昭和二八年一〇月一六日付供述調書ならびに被告人の原審公判廷での供述(いずれも右事実と牴触する部分を除く)

一、司法警察員作成の捜索差押調書

一、吉田テルエの検察官に対する第一回供述調書

一、押収してある靴下一足(原審証第五号)の存在

のほかは原審が適法に認定した事実と同一であるから、ここにこれをすべて引用する。

しかして、右認定による事実に法令を適用すると、被告人の各所為中軍票不寄託の点は外国為替及び外国貿易管理法第二一条、昭和二七年政令第一二七号第四条第二項、外国為替及び外国貿易管理法第七〇条第二二号、罰金等臨時措置法第二条に、たばこ不法所持の点はたばこ専売法第六六条第一項、第七一条第一号、罰金等臨時措置法第二条に該当するので、前者についてはいずれも懲役刑と罰金刑とを併科することとし、後者については罰金刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、各軍票不寄託の罪については同法第四七条、第一〇条により犯情最も重いと認める原判示第一の(1) の罪の懲役刑に法定の加重をした刑期および同法第四八条第二項により各罪につき定めた罰金の合算額範囲内において被告人を懲役一年および罰金五〇、〇〇〇円に処し、また、たばこ不法所持の罪についてはたばこ専売法第七八条本文に従い刑法第四八条第二項を適用しないで処断することとし、その所定罰金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、情状に鑑み、刑法第二五条第一頂により本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、右罰金を完納することができないときは同法第一八条に則り金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお、押収してある主文第五項掲記のたばこは原判示第二の犯罪にかかるものであるから、たばこ専売法第七五条第一項を適用してこれを没収し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文にもとずき被告人の負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水野正男 裁判官 中村義正)

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